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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)229号 判決

原告 小林貫治

被告 武蔵野税務署長

代理人 國吉克典 山田知司 佐藤謙一 ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六三年三月一四日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の昭和五九年分の所得税に対する更正のうち総所得金額一七七万七九七五円及び納付すべき税額一四万九三〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

二  原告の昭和六〇年分の所得税に対する更正のうち総所得金額二二五万五三九〇円及び納付すべき税額一六万一七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

三  原告の昭和六一年分の所得税に対する更正のうち総所得金額四〇二万八五三二円及び納付すべき税額三六万五八〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成元年九月一二日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)

第二事案の概要

本件は、機械部品加工業を営む白色申告者である原告が、昭和五九年分から同六一年分まで(以下「本件係争年分」という。)の所得税について申告をしたところ、被告が、原告の売上金額を基に、同業者比率によって売上原価及び一般経費(以下、「売上原価等」という。)を推計して原告の事業所得金額を算出し、更正及び過少申告加算税賦課決定をしたので、原告が、推計の必要性も合理性もなく、被告が推計によって算出した事業所得金額は実際の事業所得金額を上回っているとしてその実額を主張し、右各課税処分の取消しを求めて提訴した事案である。

一  本件課税処分等の経緯(この事実については、当事者間に争いがない。)

原告の本件係争年分の所得税についての各申告とこれに対する各課税処分及び不服申立ての経緯は、別紙一の表1から3までに記載のとおりである(以下、本件係争年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各決定」という。)。

二  本件各更正及び各決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件係争年分の事業所得金額及びその算出根拠

被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額を、次のとおり、推計の方法によって算出した。

(一) 昭和五九年分 一〇四一万四〇四九円

(1) 総収入金額 二四七四万七七六〇円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得たものであり、その内訳は、別紙二の表1記載のとおりである。

(2) 受上原価等 七四八万六一九七円

右金額は、(1)の金額に、原告と業種及び事業規模等を同じくする個人事業者(以下「比準同業者」という。)の経費率の平均値(以下「平均経費率」という。)三〇・二五パーセントを乗じて算出したものである。

右平均経費率の算出方法は、別紙三の表1記載のとおりである。

(3) 外注費・人件費 五一五万五五一四円

右金額は、(1)の金額に、比準同業者の外注費・人件費率の平均値(以下「平均外注費・人件費率」という。)三八・四五パーセントを乗じて算出した金額九五一万五五一四円から、比準同業者の青色事業専従者一人当たりの平均給与額(以下「平均専従者給与額」という。)二一八万円に事業専従者数二・〇を乗じて算出した金額(以下「青色専従者給与額」という。)四三六万円を控除したものである。右平均外注費・人件費率及び平均専従者給与額の算出方法は、それぞれ別紙三の表1記載のとおりである。また、右事業専従者数は、原告の妻小林みつ子(以下「みつ子」という。)を〇・五人、長男小林正敏(「正敏」という。)を一人、長女小林久子(以下「久子」という。)を〇・五人として、これらを合計したものである。

(4) 地代家賃 三四万二〇〇〇円

右金額は、次のア及びイの合計額である。

ア 原告が、蔵野栄一郎から賃借した建物(以下「本件建物」という。)の賃料として同人に支払った金額五四万円に、右建物の総床面積に占める事業使用部分の面積の割合(以下「事業使用割合」という。)五〇パーセントを乗じて算出した金額二七万円(なお、昭和六〇年分及び同六一年分の本件建物の賃料も、同様に算出したものである。)

イ 原告が、浜中繁一から賃借した駐車場(以下「本件駐車場」という。)の賃料として同人に支払った金額七万二〇〇〇円

(5) 事業専従者控除額 一三五万円

右金額は、みつ子、正敏及び久子に係る事業専従者控除額である。右金額については、当事者間に争いがない。

(二) 昭和六〇年分 七七八万五四三六円

(1) 総収入金額 二三一〇万一六〇〇円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得たものであり、その内訳は、別紙二の表2記載のとおりである。

(2) 売上原価等 七九六万八一一円

右金額は、(1)の金額に、比準同業者の平均経費率三四・四六パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表2記載のとおりである。

(3) 外注費・人件費 六一〇万四三五三円

右金額は、(1)の金額に、比準同業者の平均外注費・人件費率四一・六七パーセントを乗じて算出した金額九六二万六四三七円から、平均専従者給与額二三四万八〇五六円に事業専業者数一・五を乗じて算出した青色専従者給与額三五二万二〇八四円を控除したものである。右平均外注費・人件費率及び平均専従者給与額の算出方法は、それぞれ別紙三の表2記載のとおりである。また、右事業専従者数は、正敏を一人、久子を〇・五人として、これらを合計したものである。

(4) 地代家賃 三五万一〇〇〇円

右金額は、次のア及びイの合計額である。

ア 本件建物の賃料二七万円

イ 本件駐車場の賃料八万一〇〇〇円(この金額については、当事者間に争いがない。)

(5) 事業専従者控除額 九〇万円

右金額は、正敏及び久子に係る事業専従者控除額である。右金額については、当事者間に争いがない。

(三) 昭和六一年分 六七七万四四六六円

(1) 総収入金額 二二六六万七九九二円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得たものであり、その内訳は、別紙二の表3に記載のとおりである。右金額については、当事者間に争いがない。

(2) 売上原価等 七六三万四六円

右金額は、(1)の金額に、比準同業者の平均経費率三三・六六パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表3記載のとおりである。

(3) 外注費・人件費 七四五万九四八〇円

右金額は、(1)の金額に、平均外注費・人件費率四一・二一パーセントを乗じて算出した金額九三四万一四八〇円から、平均専従者給与額一八八万二〇〇〇円に事業専業者数一・〇を乗じて算出した青色専従者給与額一八八万二〇〇〇円を控除したものである。右平均外注費・人件費率及び平均専従者給与額の算出方法は、それぞれ別紙三の表3記載のとおりである。また、右事業専従者数は、正敏一人としたものである。

(4) 地代家賃 三五万四〇〇〇円

右金額は、次のア及びイの合計額である。

ア 本件建物の賃料二七万円

イ 本件駐車場の賃料八万四〇〇〇円

(5) 事業専従者控除額 四五万円

右金額は、正敏に係る事業専従者控除額である。右金額については、当事者間に争いがない。

本件各更正における事業所得金額は、いずれも以上のとおり算出された事業所得金額の範囲内にあるから、本件各更正は適法である。

2  本件各決定の根拠

本件各決定は、本件各更正に伴い原告が新たに納付すべき所得税額を基礎として、昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法六五条一項及び二項に基づき、各納付すべき税額に一〇〇分の五を乗じた金額と、右各納付すべき税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額の合計額を、それぞれ課税額としたものであり、いずれも適法である。

第三争点

本件においては、本件各更正及び各決定の適法性が争われているが、争点及び当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

一  推計の必要性があるか否か。

1  被告の主張

被告は、原告が提出した本件係争年分の確定申告書に記載された事業所得金額が適正なものであるか否かを確認するために、部下職員二名に原告の所得税調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

右調査担当職員らは、昭和六二年五月二七日から同六三年一月二五日までの間、十数回にわたり原告の事業所に赴き、調査に協力するよう要請したが、原告は、具体的な調査理由の開示を要求したり、本件調査の途中で右担当職員らが変更したこと、被告が反面調査をしたこと等について抗議するなど、本件調査に非協力的な態度に終始した。また、原告は、帳簿書類等の提示を拒否し、昭和六一年分の売上集計メモ及び同年分の経費集計メモを提示しただけで、右のメモが正しいことを示す領収書等を提示しなかった。

そのため、被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額について、実額によって算出することができず、反面調査によって把握し得た原告の総収入金額を基に、推計の方法によって認定せざるを得なかった。

2  原告の主張

原告は、調査担当職員らに対し、昭和六一年分の売上集計メモ及び同年分の経費集計メモ等を提示し、その内容を書き写させた。また、原告は、領収書をすべて準備し、外注費の領収書の提示を求められた際、いわゆるABC方式、すなわち、原告において領収書は全部提示するが、右職員らがその内容を書き写す際には、支払先をA、B、C等とし、右職員らが無作為に抽出した二、三個についてのみ、その住所、氏名を書き写し、右の記載内容が正確であるか否かを反面調査によって確認した上で、更に他の支払先を調査する必要があるか否かを検討するという方法(以下「ABC方式」という。)を提案したが、右職員らはこれを拒否した。

このように、原告は、本件調査に協力しており、原告に対する質問調査によって実額課税が可能であったのであるから、推計の必要性がないことは明らかである。

二  本件調査は適法なものであったか否か。

1  被告の主張

被告は、原告が提出した本件係争年分の確定申告書に記載された事業所得金額が正確なものであるか否かを確認する必要があった。

また、調査担当職員らは、本件調査に当たり、原告に対し、再三、調査の理由が本件係争年分の申告所得の確認である旨を告げたが、原告が終始本件調査に非協力的で、原告に対する質問調査によっては、その事業所得金額を把握できないため、取引先等に対する反面調査を行ったものである。

2  原告の主張

本件調査は、必要性がなかったのに、三鷹市民主商工会(以下「三鷹民商」という。)に対する攻撃、組織破壊の目的で行われたものである。

また、調査担当職員らは、原告に対し、事前通知や具体的な調査理由の開示をせず、原告が調査に応じていたにもかかわらず、原告に事前告知をしないまま、必要性のない反面調査をした。

したがって、本件調査は違法である。

三  推計の合理性があるか否か

1  被告の主張

(一) 被告は、前記のとおり、反面調査により把握した原告の総収入金額に基づき、比準同業者の平均経費率、平均外注費・人件費率及び平均専従者給与額を用いて、原告の本件係争年分の事業所得金額を推計の方法で算出した。

(二) 右比準同業者は、原告の納税地を管轄する武蔵野税務署(以下「署」という。)管内に事業所を有する機械部品加工業を営む個人事業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに次のすべての基準(以下「本件抽出基準」という。)に該当する者(以下「本件比準同業者」という。)を抽出した。

(1) 本件係争年分において、青色申告の承認を受け、青色申告決算書を提出している者

(2) 本件係争年分の売上金額が、次の範囲内であること

ア 昭和五九年分

一二三七万三八八〇円以上、四九四九万五五二〇円以下

イ 昭和六〇年分

一一五五万〇八〇〇円以上、四六二〇万三二〇〇円以下

ウ 昭和六一年分

一一三三万三九九六円以上、四五三三万五九八四円以下

(3) 年を通じて機械部品加工業を営んでいる者

(4) 次のアからウまでのいずれにも該当しない者

ア 外注費・人件費のいずれもない者

イ 災害等により経営状態が異常であると認められる者

ウ 更正又は決定処分がされている者のうち、当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過していない者及び当該処分に対して不服申立てをして、又は訴えを提起して現在審理中である者

(三) そうすると、本件比準同業者は、業種、事業所の所在地、事業規模等において原告と類似性を有し、特殊な事情にある者は除かれることになるから、本件抽出基準には合理性がある。また、被告は、本件抽出基準に該当する者を漏れなく抽出しているので、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。

したがって、被告が原告の本件係争年分の事業所得金額を推計した方法には合理性がある。

2  原告の主張

被告の推計方法は、次のとおり、合理性を欠くものである。

(一) 被告は、推計計算において、自己に都合の悪いデータを除外した。

(二) 被告は、本件比準同業者の住所、氏名、経営内容等を明らかにしないから、その経営内容、取引先の別、注文方法、製品単価の高低、一時間単位の労賃等について、原告と類似性があるか否かが明らかではない。

(三) 本件抽出基準によれば、外注費のない者も抽出され、本件比準同業者には原告と業態の類似性がないものが含まれることになる。

(四) 原告は、三鷹民商の会長として、同会員の仕事を確保するため、儲からない注文も積極的に受けて、同会員に回していることから、総収入金額に占める外注費の割合が高くなっているものであるが、被告の推計方法は、このような原告の特殊事情を考慮していない。

四  原告の本件係争年分の実額による事業所得金額

1  原告の主張

原告の本件係争年分における総収入金額及び経費の各費目の実額は、別紙四の表1から3までに記載のとおりであり、事業所得金額は、昭和五九年分が一三二万九四八五円、同六〇年分が一七九万〇六六六円、同六一年分が四〇二万八五三二円である。

2  被告の主張

(一) 納税者は、課税庁の推計による所得金額を争い、真実の所得金額が推計額と異なることを主張する場合には、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるが、そのためには、単に収入金額及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての収入金額であること及びその主張する必要経費と収入金額とが対応することを立証しなければならない。

ところで、原告が主張する外注費率、外注費・給料賃金率、外注費・人件費率は、本件係争年分のいずれにおいても、比準同業者のそれらの枠を相当程度超過した異常なものであって、原告主張に係る総収入金額に占める直接原価の割合が異常に高いことからすれば、右総収入金額には捕捉漏れがあると推認すべきである。現に、原告は、本件訴訟で被告が指摘するまで、一部の収入金額を除外し、捕捉漏れがある収入金額を総収入金額として主張していた。

右のような事情があるにもかかわらず、原告は、会計帳簿等、原始記録等を一切提示せず、総収入金額及びその主張する必要経費と収入金額との対応関係について立証していないから、原告の実額による主張は失当なものというべきである。

(二) 原告が主張する売上原価等、外注費には、客観的な資料による裏付けがないもの、家事上の支出であるか事業遂行上の支出であるかが不明なものが含まれており、これらを必要経費と認めることはできない。

第四争点に対する判断

一  争点一(推計の必要性があるか否か。)について

1  〈証拠略〉によれば、本件調査の経緯について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、被告に対し、本件係争年分の所得税について、いわゆる白色申告書をもって確定申告書を提出した。

被告は、右確定申告書を検討した結果、その記載内容からして原告の申告した所得金額の確認調査をする必要があったこと及び原告に対し長期間調査をしていなかったことから、原告の本件係争年分の申告所得金額の調査を、その所部係官増田光宏上席国税調査官(以下「増田係官」という。)及び北濱幹夫国税調査官(以下「北濱係官」という。)に命じた。

(二) 増田係官及び北濱係官(以下「増田係官ら」という。)は、昭和六二年五月二七日、右調査のために原告の事業所に臨場し、原告に対し、本件係争年分の所得税の調査を行う旨を告げ、調査に協力するように要請したところ、原告は、具体的な調査理由を尋ねた。増田係官らは、調査理由は申告した所得が正しいかどうかの確認であること、原告に対し長期間調査をしていないことである旨を説明したが、原告は納得せず、事前通知がないことを理由として調査に応じなかった。そこで、増田係官らは、原告に対し、同年六月一日に再度訪れる旨を告げて辞去した。北濱係官は、同年六月一日、原告の事業所に臨場したが、原告は葬儀のため不在であり、調査ができなかった。

(三) 北濱係官は、原告との間で、電話で、調査日を昭和六二年六月八日にすることを約した。

増田係官らは、右同日、原告の事業所に臨場したところ、原告のほかに、三鷹民商の事務局長大金慶雄(以下「大金」という。)及び同会員ら四名が同席した。増田係官らは、原告に対し、調査を協力して帳簿書類等を提示するように求めたが、原告は、具体的な調査理由が明らかにされない限り応じられないとして、これを拒否した。そこで、増田係官らは、原告に対し、次回の調査日を同月一六日にすると告げ、その場を辞去した。

その後、次回の調査日は、同月二五日に延期された。

(四) 増田係官らは、昭和六二年六月二五日、原告の事業所に臨場したところ、大金及び三鷹民商の会員一名が同席していた。

原告は、増田係官らに対し、営業の概況を説明をした。増田係官らは、帳簿書類の提示を要求したが、原告はこれに応じなかった。

原告と北濱係官は、次回の調査日を同年七月二〇日と約した。

(五) 昭和六二年七月、被告所部斎藤新一上席国税調査官(以下「斎藤係官」という。)が本件調査を担当することになった。斎藤係官は、北濱係官から、原告が、本件調査に三鷹民商の会員を立ち会わせ、その退席を求めても応じなかったこと、具体的な調査理由を言わなければ帳簿書類を見せられないと言ったこと等の説明を受けた。

斎藤係官及び北濱係官(以下「斎藤係官ら」という。)は、同月一七日、原告の事業所に臨場し、担当者が変更した旨を伝えた。

斎藤係官らは、同月二〇日、原告の事業所に臨場したところ、大金及び三鷹民商の会員一名が同席していた。原告は、「担当者が変更したのは納税者をなめている。初めての人には、相手の気持ちが分からないから、帳簿は見せられない。」等と言い、本件調査に協力しようとしなかったので、斎藤係官は、北濱係官が部内異動したために、担当者が変更したこと、同係官から過去の調査状況について引き継ぎを受けていることを告げた。すると、原告は、具体的な調査理由を開示するよう求めたので、斎藤係官は、申告された所得金額の確認であること及び長期間調査をしていないことである旨を告げた。

しかし、原告は、帳簿書類の提示を応じようとしなかったので、斎藤係官らは、その場を辞去した。

(六) 斎藤係官は、その後、昭和六二年九月一〇日までの間、何回か原告の事業所に臨場した。

(七) 斎藤係官は、昭和六二年九月一〇日、原告の事業所に臨場したところ、大金及び三鷹民商の会員三名が同席していた。

斎藤係官は、原告に対し、本件調査に協力して帳簿書類を提示するように要請したが、原告は、前回と同様、具体的な調査理由及び調査担当者を変更した理由を明らかにするよう求めた。

斎藤係官は、このような状況では調査が進展しないと判断し、原告に対し、署独自の調査を始める旨を告げたところ、原告は、昭和六一年分の売上集計メモを提示し、残りは次回に提示すると言った。右メモは、取引先ごとに月別の売上合計額が記載されたもので、斎藤係官は、その記載内容を書き写した。

(八) 斎藤係官は、昭和六二年一〇月一四日、原告の事業所に臨場したところ、大金が同席していた。

斎藤係官が、帳簿書類の提示を要請したところ、原告は、昭和六一年分の経費集計メモを提示した。右メモは、経費の項目ごとに月別の合計金額が記載されたもので、斎藤係官は、その記載内容を書き写した。斎藤係官は、原告に対し、右の支払金額を確認するため、外注費の領収証を提示するよう求めたところ、原告は、ABC方式を取るよう申し出て、領収証に記載してある支払先の住所、氏名の全部を書き写すことは拒否し、領収証を提示しなかった。

そこで、同係官は、これ以上調査は進展しないものと判断し、その場を辞去した。

(九) 斎藤係官は、昭和六二年一〇月二六日、原告の事業所に臨場し、原告に対し、帳簿書類及び外注費の領収証を提示するように説得したところ、原告は、「税務署は納税者を信用していないんだな、そっちでやれよ。」と言い、これに応じなかった。そこで、斎藤係官は、原告に対し、署独自の調査をする旨を告げ、その場を辞去した。

その後、斎藤係官は、原告の取引銀行及び取引先の反面調査を進めた。

(一〇) 斎藤係官は、昭和六二年一二月二二日、原告の事業所に臨場し、帳簿書類の提示を求めるとともに、反面調査によって確認した所得金額、税額を原告に説明して、同月二八日までに修正申告をするようしょうようしたが、原告はこれに応じなかった。しかし、原告がもう一度話し合って欲しい旨申し出たので、斎藤係官は、本件係争年分の帳簿書類等を提示するのであれば再度調査のために臨場する旨を告げ、その場を辞去した。

(一一) 斎藤係官は、原告から一対一で話し合いたいという提案があったので、昭和六三年一月一一日、原告の事業所に臨場したところ、その場には大金及び三鷹民商の会員四名が同席していた。

斎藤係官は、原告に対し、一対一で会う約束であったこと、調査に関係のない第三者の立会いの下では、守秘義務に触れるおそれがあるので、調査経過について説明できない旨を告げ、第三者を退席させるよう要請した。

しかし、原告はこれに応じなかったので、同係官は、その場を辞去した。

斎藤係官が署に戻ると、原告及び大金らが来署したので、郷間統括国税調査官が、原告に対し、調査経過等について説明したが、原告は、これを納得しなかった。

(一二) 斎藤係官は、昭和六三年一月二五日、原告の事業所に臨場したところ、その場には、大金及び三鷹民商会員三名が同席していた。

斎藤係官は、原告に対し、本件調査に協力し、領収証等を提示するよう要請したが、原告は、担当者を変更したこと、反面調査をしたこと等について抗議し、これに応じなかった。また、立会人らも、原告に同調した。

以上の事実が認められ、これに反する原告本人の供述部分及び証人大金の証言は措信することができない。

2  右認定事実によれば、被告担当職員らは、昭和六二年五月二七日から同六三年一月二五日までの間、十数回にわたって原告の事業所に臨場し、その都度、原告に対し、調査理由を説明し、帳簿書類等を提示して調査に協力するよう要請したにもかかわらず、原告は、本件調査に際し、三鷹民商関係者を同席させ、具体的な調査理由の開示を求め、被告が担当者を変更したこと、取引先等に対する反面調査をしたこと等に抗議し、本件調査に非協力的であったこと、原告が提示した売上集計メモ及び経費集計メモは、昭和六一年分のものだけであった上、右メモは取引金額の月別合計額が記載されたものにすぎず、それによっては個々の取引内容が把握できなかったこと、原告は、他に、帳簿書類や領収証等を一切提示しなかったことが認められ、このような事実にかんがみれば、被告は、本件調査によっては原告の事業所得金額を確認することができなかったものということができる。

そうすると、被告が、原告の事業所得金額について、原告に対する質問調査によつて把握することが不可能であると判断し、独自の調査を行い、その結果を基に推計の方法によって右金額を算出したことは、やむを得なかったものであると認めることができるから、推計の必要性はあるものというべきである。

3  これに対し、原告は、あらかじめ領収書を準備し、その提示の方法として、ABC方式を提案するなど、本件調査に協力していたのに、被告が原告に対する質問調査を途中で打ち切ったのは、その努力を放棄したものである旨主張する。

しかしながら、証人斎藤新一の証言によれば、斎藤係官は、本件調査に際し、領収書が準備されていることを認識していなかったことが認められ、たとえ、原告が、すべての領収書を準備していたとしても、これが現実に提示されなかった以上、調査に協力したとはいえないというべきである。

また、原告の真実の外注費を把握するためには、全部の領収書を検討することが必要不可欠であって、ABC方式によって、一部の領収書の内容しか書き写させないのでは、右金額を確認することが困難であるから、原告が、右方式を提案したことをもって、調査に協力したとはいえないというべきである。なお、原告は、署の総務課長はABC方式を採ることに同意した旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば、右課長は、一般論として、右方式も可能であると言ったということにすぎないから、右発言をもって同意とみることはできない上、どのような調査方法を採るかは、調査担当職員の裁量にゆだねられているというべきである。

したがって、原告の右主張は、失当である。

二  争点二(本件調査は適法なものであった否か。)について

1  原告は、本件調査は必要性がないのに、民商に対する攻撃、組織破壊の目的で行われたものであると主張する。

しかし、前記認定のとおり、被告は、原告が提出した確定申告書を検討した結果、右申告に係る所得金額の確認をする必要があると判断したこと、原告に対し長期間調査をしていなかったことから、増田係官らに調査を命じたことが認められることに照らせば、本件調査には必要性があったというべきである。また、本件調査が、三鷹民商に対する攻撃、組織破壊の目的で行われたことを裏付けるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は失当である。

2  原告は、本件調査について、事前通知や具体的な調査理由の開示がされず、原告に事前告知をしないまま、必要性がない反面調査が行われたという違法があると主張する。

しかしながら、法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、可否の程度、事前通知の有無等の実施の細目については法律上特段の定めがなく、これらは、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量にゆだねられているというべきである。

本件においては、前記認定のとおり、調査担当職員らは、原告に対し、本件調査の理由が本件係争年分の申告所得金額の確認である旨繰り返し説明したこと、原告が帳簿書類や領収書を提示しないため、原告に対する質問調査によってはその事業所得金額を確認することができないと判断して反面調査を開始したことが認められる。

そうすると、本件調査は、その必要性もあり、社会通念上相当な程度にとどまるものであるというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

三  争点三(推計の合理性があるか否か。)について

1  被告は、原告の業務形態を機械部品加工業であるとした上で、原告の取引先等に対する反面調査によって把握し得た売上金額を総収入金額として、右金額を基に、比準同業者の平均経費率、平均外注費・人件費率及び平均専従者給与額をそれぞれ用いて、原告の本件係争年分の事業所得の金額を算出している。

2  そこで、右の推計方法の合理性について検討する。

(一) 〈証拠略〉によれば、被告が平均経費率等を算出した方法について、次の事実を認めることができる。

(1) 被告は、比準同業者として、原告の納税地を所轄する署に所得税の申告をしている者で、署管内に事業所を有し、かつ、機械部品加工業を営む個人事業者の中から、本件係争年分の各年分ごとに、前記第三の三1記載の本件抽出基準に該当する者を抽出することにした。(〈証拠略〉)

(2) そこで、被告は、署に申告している個人事業者が業種ごとに整理され、その住所、氏名、青色申告と白色申告との区別等が記載されている業種別名簿を基に、青色申告の承認を受け、青色申告によって申告をしている者で、個人機械部品加工の業種に分類されている者を抽出し、さらに、右の者の本件係争年分の青色申告書、決算書、更正又は決定処分に対する不服申立ての経緯が記載されている整理簿等の記載に基づいて、本件係争年分の各年分ごとに、本件抽出基準に該当する者をすべて抽出した。

(3) 被告は、右作業の結果、本件比準同業者を抽出し、別紙三の表1から3までに記載のとおり、その総収入金額、売上原価等、外注費及び人件費を把握して、その経費率、外注費・人件費率を算出した。(〈証拠略〉)

それによれば、本件比準同業者は、昭和五九年が一七件、同六〇年が一五件、同六一年が一二件であり、平均経費率、平均外注費・人件費率、平均専従者給与額は、それぞれ別紙三の表1から3までに記載のとおりである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、本件抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。また、被告は、本件抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであって、その抽出過程に被告の恣意が介在する余地も認められない。さらに、本件比準同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、本件係争年分において経営状態が異常であると認められる者や更正に対し不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その売上原価等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、本件比準同業者の数は、昭和五九年が一七名、同六〇年が一五名、同六一年が一二名であり、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるということができる。

したがって、被告がした推計方法には、合理性があるというべきである。

(三) これに対し、原告は、被告が推計計算において自己に都合の悪いデータを除外したと主張するが、前記認定のとおり、被告は、本件係争年分ごとに、前記抽出基準に該当する者を機械的に抽出したことが認められ、右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告が本件比準同業者の住所、氏名、経営内容等を明らかにしないから、原告との業態の類似性があるか否かが明らかではなく、基礎資料の正確性が担保されていないと主張する。しかしながら、原告は他の方法によって右資料の正確性を争うことができるのであるから、本件比準同業者の住所、氏名、経営内容等が開示されなかったこと自体によって、基礎資料の正確性に疑いがあるということはできず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は、いずれも失当であるというべきである。

(四) 原告は、本件抽出基準によれば、外注費のない者も抽出され、本件比準同業者には原告と業態の類似性がないものが含まれるから、右基準は不合理であると主張する。

なるほど、本件抽出基準は、外注費、人件費のいずれもない者を除外するものであるから、右基準によれば、外注費がなくても、人件費があるものであれば比準同業者に抽出され得ることになる。

しかしながら、原告が営む機械部品加工業において、部品加工作業に伴う必要経費は、外部への委託の程度、雇用者や家族従事者による加工の程度、機械化の程度等により、外注費、人件費、専従者給与、設備・機械装置の減価償却費、動力費等とされるものであって、かかる必要経費は、いずれも売上を獲得するために要した経費であることに変わりはないから、その支出の費目が人件費とされるか、外注費とされるか等によって、事業所得金額に顕著な差異が生ずるものとは考えられない。

そうすると、本件抽出基準によれば、事業者本人のみで事業活動を行っている機械部品加工業者が除外されることになるから、右基準は、原告と業態が類似する比準同業者を抽出するための基準として、合理性が認められるというべきである。

したがって、原告の右主張は失当である。

(五) 原告は、三鷹民商の会長として、同会員に仕事を回しているため、売上に占める外注費の割合が高いという特殊事情があるところ、被告の推計方法は、このような事情を考慮していないから、不合理であると主張する。

しかしながら、推計による課税は、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず、間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と比準同業者との類似性を過度に要求することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねない。したがって、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種・業態、事業所の所在地、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均経費率等を算出する過程で捨象されるものというべきである。

これを本件についてみると、前記のとおり、本件抽出基準には合理性が認められ、原告が主張する特殊事情は、比準同業者間に通常存在する程度のものにすぎず、推計自体を不合理ならしめるようなものであるとは認められないから、本件比準同業者の平均経費率等を算出する過程で捨象されると解すべきである。しかも、原告は、右のような事情が平均所得率の計算上、具体的にどのような影響を及ぼすのかについて、何ら主張、立証をしていない。

したがって、原告の右主張は失当であるというべきである。

3  被告の主張する推計方法によれば、次の金額が算出される。

(一) 総収入金額

〈証拠略〉によれば、原告には、各取引先に対し、別紙二の表1から3までに記載のとおりの売上があったことが認められ(ただし、昭和五九年分の株式会社南信精機製作所(以下「南信精機」という。)に対する売上金額は、二〇一二万三二〇円である)、原告の本件係争年分の総収入金額は、少なくとも、昭和五九年分が二四七四万七九六〇円、同六〇年分が二三一〇万一六〇〇円、同六一年分が二二六六万七九九二円であることが認められる。

(二) 売上原価等及び外注費・人件費

(1) 売上原価等

前記のとおり、被告が主張する推計方法は合理的であるから、原告の本件係争年分の売上原価等の金額は、昭和五九年分が七四八万六一九七円(ただし、右金額は、(一)の金額のうち、被告の主張に係る総収入金額二四七四万七七六〇円を基にして算出したものである。以下同じ)、同六〇年分が七九六万八一一円、同六一年分が七六三万四六円であることが認められる。

(2) 外注費・人件費

前記のとおり、本件比準同業者は、すべて青色申告の承認を受けている者であるから、その事業に専従する親族がある場合には、その者に支給された給与額を必要経費に算入することができることになる(所得税法五七条)。

したがって、白色申告者である原告の外注費・人件費を推計する場合には、(一)の金額に本件比準同業者の平均外注費・人件費率を乗じて算出した金額から、青色専従者給与額を控除するのが相当である。

そうすると、前記のとおり、平均外注費・人件費率、平均専従者給与額は合理的なものであり、本件係争年分の事業専従者数については、当事者間に争いがないから、原告の本件係争年分の外注費・人件費の金額は、昭和五九年分が五一五万五五一四円、同六〇年分が六一〇万四三五三円、同六一年分が七四五万九四八〇円であることが認められる。

四  争点四(原告の本件係争年分の実額による事業所得金額)について

1  被告主張の推計課税に対し、原告は、本件係争年分の総収入金額及び経費の実額は、別紙四の表1から3までに記載のとおりであると主張する。

(一) そこで検討するに、被告の推計課税に対して、原告が実額による課税を主張する場合、原告は、その収入金額及び経費の実額のいずれをも立証する必要があるところ、仮に、原告主張の収入金額の全部又は一部が立証でき、あるいは当事者間に争いがない部分があったとしても、その経費を実額で主張するときは、それが右に対応することを立証しなければならないというべきである。すなわち、所得税法三七条一項は、所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定している。右規定に照らせば、原告は、経費の実額を主張して被告の推計額を争う場合には、原告の主張に係る経費が当該係争年分の総収入金額と対応するものであることについて、合理的な疑いをいれない程度に立証する必要があるものというべきであり、原告は、自ら主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じたすべての収入(以下「総収入」という。)によるものであることを主張、立証して、その期間内に支出した経費との対応関係を立証するか、あるいは、自ら主張する経費と収入とが、個別的に対応するものであることを主張、立証しなければならないものというべきである。

もっとも、原告が主張する売上金額に捕捉漏れがあることが必ずしもうかがわれず、かつ、原告が主張する収入及び経費の金額を基に算出した経費率等が、比準同業者の右比率の平均値に近似する場合には、経験則上、原告が自ら主張する収入金額が原告の総収入によるものであることが推認されるといえるから、具体的な立証の要否という点からいえば、改めて原告は、前記のような対応関係を立証することまでは要しないというべきである。

(二) 以上のような観点から本件をみると、原告は、本件係争年分について、総収入金額として、被告の主張する額よりも高い金額を主張し、その証拠として、売上集計メモ(〈証拠略〉)を提出している。

しかしながら、原告は、個々の取引の実態を正確に記帳したと認められる総勘定元帳、現金出納帳等の会計帳簿や請求書、伝票等の原始資料を何ら提出しないばかりか、〈証拠略〉によれば、原告は、そもそも帳簿書類を作成していなかったこと、入金伝票を起こしていなかったこと、取引先に対する請求書は入金があった時点で廃棄したこと、売上の領収書の控えは保存していないこと、売上の記録のために作成した大福帳や取引金融機関の通帳の一部は既に廃棄したことが認められる。しかも、〈証拠略〉によれば、右メモは、正敏が本件申告の際に作成したものを、国税不服審判所に提出する段階で作成し直したものであることが認められ、このことをも合わせ考えると、その記載内容が正確であるか否かが明らかではないといわざるを得ない。

そのほか、原告の本件係争年分の総収入を具体的に立証する資料は何ら存在しない。

(三) 次に、〈証拠略〉によれば、原告は、本訴の当初において主張した総収入金額のほかに、SKMエンジニアリング株式会社に対する売上として、昭和六〇年に一八万三二〇〇円、同六一年に一六九万四五三〇円を受領したことを認めることができる(〈証拠略〉)。そして、〈証拠略〉によれば、右売上金額は、本訴進行中に、被告が再度取引先等に対する反面調査をした結果判明したものであること、原告は、当初の主張分以外には売上がない旨主張していたが、その後、被告から指摘されて、右の捕捉漏れがあることを認めるに至ったことを認めることができる。

また、〈証拠略〉によれば、正敏名義の銀行預金口座に、池田計器製作所から昭和五九年に一万五〇〇〇円、蔵野商店蔵野富次から、同六〇年に合計八万九五〇〇円、同六一年に合計六万二五〇〇円が、いずれも小切手又は約束手形で入金されていることが認められるところ(〈証拠略〉)、これらの入金額は、原告が主張する総収入金額には含まれていない。この点について、〈証拠略〉には、右入金額は、正敏が個人的に借り入れたものであるとの供述部分があるが、正敏は原告の事業所で経理事務を担当し、日常的に売上金の集金、回収をしていたことにかんがみると、右供述部分を直ちに信用することはできない。

さらに、原告の主張額によれば、その外注費、人件費の総収入金額に占める割合は、本件比準同業者の場合に比べて、著しく高いことが認められる。すなわち、原告が主張する本件係争年分の総収入金額、外注費、給料賃金、人件費(給料賃金の金額に、青色専従者給与額を加算した金額)を基に、その外注費率、外注費・給料賃金率及び外注費・人件費率を算出すると、別紙五の別表1から3までに記載のとおりとなるが、右の外注費率等は、本件係争年分のいずれにおいても、本件比準同業者の右割合の平均値よりも著しく高く、右割合の最高値をも超えていることが認められる。この点について、原告は、原告には、三鷹民商の会員に仕事をまわすために外注費が高くなるという事情がある旨を主張するが、これについては、何ら具体的に立証していない。

これらの事実にかんがみると、原告の主張する収入金額には、現に捕捉漏れがあったもので、かつ、そのほかにも捕捉漏れがある蓋然性が高いというべきである。

(四) しかるに、原告は、前記のとおり、自ら主張する収入金額が総収入によるものであることを裏付ける証拠を何ら提出せず、また、自ら主張する経費と収入とが、個別的に対応するものであることを何ら立証していないから、およそ前記の対応関係の立証をなし得たということはできない。

2  したがって、原告の総収入金額及び経費についての実額の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、これを採用することはできないこととなる。

五  地代家賃

1  本件建物の家賃が年額五四万円であることは、当事者間に争いがない。

また、本件建物の一、二階部分の床面積が同じであること、本件建物の一階部分は原告の事業所として使用されていることについては、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、本件建物の事業使用割合を六〇パーセントとすべきであると主張し、〈証拠略〉によれば、原告は、本件建物の二階の四・五畳の部屋を、納品のための検査、経理関係の処理等のために使用しているという供述部分がある。しかし、〈証拠略〉によれば、本件建物のうち、作業機械が置かれているのは一階だけであること、一階にも事業机が置かれていたことが認められ、二階は主として住居に供されたもので、その一部が専ら事業に供されていたと認めることはできないというべきである。

そうすると、本件建物の事業使用割合は、五〇パーセントであると解するのが相当であるから、本件係争年分の本件建物の家賃のうち、必要経費となるのは、五四万円に右割合を乗じて算出した二七万円であることが認められる。

2  被告は、本件駐車場の賃料の年額について、昭和五九年分が七万二〇〇〇円、同六一年分が八万四〇〇〇円であると主張するのに対し、原告は、昭和五九年分が七万八〇〇〇円、同六一年分が九万円であると主張する。(なお、前記のとおり、昭和六〇年分が八万一〇〇〇円であることについては、当事者間に争いがない。)

ところで、そもそも課税処分が適法であることについては、被告が立証責任を負うものであるから、被告が、本件駐車場の賃料を実額で主張する場合には、その額について合理的な疑いをいれない程度に立証すべきである。すなわち、右賃料が、それぞれ、昭和五九年分が七万八〇〇〇円、同六一年分が九万円より多くないことについては当事者間に争いがないことになるが、被告は、さらに、昭和五九年分が七万二〇〇〇円、同六一年分が八万四〇〇〇円よりも多くないことについて、立証しなければならないというべきである。

しかるに、被告は、右の点について、何ら立証していないから、その主張に係る賃料の金額を認定することはできない。

そうすると、本件駐車場の賃料の月額は、昭和五九年分が七万八〇〇〇円、同六一年分が九万円であることになる。

3  以上によれば、本件係争年分の地代家賃は、昭和五九年分が三四万八〇〇〇円、同六〇年分が三五万一〇〇〇円、同六一年分が三六万円となる。

六  事業所得金額

前記第二、二1の当事者間に争いのない事実及び右のとおり認定された金額に基づいて計算すると、原告の本件係争年分の事業所得の金額は、昭和五九年分が一〇四〇万八〇四九円、同六〇年分が七七八万五四三六円、同六一年分が六七六万八四六六円となる。

七  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正の事業所得金額は、右推計により算出した本件係争年分の事業所得金額の範囲内となって、これを上回るものではない。したがって、本件各更正は何ら違法ではなく、また、これに伴う本件各決定にも違法はないから、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判官 秋山壽延 竹田光広 森田浩美)

別紙一ないし五・表一ないし三〈略〉

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